自動車部品メーカー・アイシンが美容業界に挑戦する理由。Hydraidは美の未来を変える?
井上慎介(アイシン)×横山慶子(アイシン)×増田拓海(アイシン)
取材・文:宇治田エリ 写真:タケシタトモヒロ 編集:株式会社CINRA
―美容を中心にライターとして活躍している長田さんですが、「美」に関心を持つようになったきっかけを教えてください。
長田:子どものころは、おままごとよりサッカーが好きなおてんば娘でしたが、母が美容部員として働いていたこともあり、幼い頃から「美」へ導く道具や情報が身近にありました。毎シーズンのスキンケアやメイクアイテムの新商品、販売促進の資料などをたくさん家に持ち帰ってきていたのが印象に残っています。
そのなかでとくに興味があったのが、アイシャドウパレットでした。その人の顔にどの色をどのように乗せるかで、同じ人なのに大人っぽく見えたり、若々しく見えたり、キャラクターが変化する。
実際に私の母も、メイクですごく印象が変わるタイプだったので、「メイクって魔法みたいに変身できて、おもしろいな」と感じていましたね。いま思えば、自分の気分と自分が表現したいことがハーモナイズされ、気持ちを強く持てるところに惹かれていたのだと思います。
―10代から40代のいまに至るまで、美容にまつわる印象的なエピソードを教えてください。
長田:私が中学生や高校生のころは、ちょうどコギャルブーム全盛期。私はやっていなかったんですけど、肌を黒くして、眉毛は細く、目の周りを白くするメイクが流行っていました。
その独創的でデフォルメされた姿は、民族的な通過儀礼であり、弱い自分を守る鎧でもあり、コミュニティー内でいい関係性を築くためのツールのように感じていました。
世間一般では、「美容は、異性を惹きつけるためにやるもの」という認識がありましたが、コギャルにはそれを超える文化的な面白さがあったと思います。
―20代になってからはどうでしたか?
長田:20代からは、身近だった美容が自然と美容雑誌などの仕事につながっていくようになりました。好きなことを仕事にすることは楽しくて、幸せを感じる一方で、仕事だからこそ苦しさを感じることもありましたね。
とくにその苦しさは私が30代から40代に差しかかる時期に増したように感じています。そのころ、テレビを中心に人のイケてない部分を指摘する「ダメ出し」が流行っていたんですよね。
その風潮は雑誌にも入ってきて。ビフォー・アフターのギャップをわかりやすく見せるために、ライティングや表情を少し変えて撮影したり、「いまのままでは10年後大変なことになってしまう」といった脅かすようなキャッチコピーが入ることもありました。
―危機感を煽るような表現が生まれてきたと。
長田:美容のいびつさが蓄積されていった結果、実際に雑誌で読者取材をしたときも、きれいにメイクやケアをしているのに「私のダメなところを教えてください」「自分の顔のここが嫌いで」という人も増えていって。
自尊心が失われ、欠乏感を感じるようになってしまった人たちを目のあたりにするなかで、美しさの伝え方や捉え方を変えていく必要があると思うようになりました。
―2019年に上梓した『美容は自尊心の筋トレ』も、そのような課題感から生まれたのですね。最近はどのように美容に向き合っていますか?
長田:歳を重ねるほどに、アンティーク家具のお手入れを楽しむように、生物的にはくたびれていく自分をちゃんと肯定しながら、無理せずバランス良く、美容に取り組むようになってきたと思います。
そうなったのは、メディアの影響もあるかもしれません。少し前までは一般的に、年齢に関して残酷なことがいわれるケースも多かったですが、あらゆるメディアや企業からの発信が「それではいけない」と変わり始めましたよね。どのようなメッセージを伝えるか試行錯誤するようになったと感じます。
消費者側も多様なメッセージに触れる機会が増えたのではないでしょうか。私自身も、いまの自分に合った美容を選ぶ傾向になってきた気がします。
―メディアや企業側が発信するメッセージとして、具体的にどういった変化を感じますか?
長田:たとえば、アンチエイジングという言葉も、使うか使わないか、慎重に議論されるようになったし、アンチエイジングの対義語としてエイジングを肯定する「プロエイジング」という言葉も出てくるようになりました。
その場限りの消費行動を促すだけではない、長い目で見たときに美のあり方はどうあるべきか、企業もメディアも意識するようになってきたと感じています。
実際にキャンペーンのアイコンとなるモデルさんの見た目からも、多様性の美を考えた痕跡が感じられるというか。それが成功しているブランドもあれば、失敗しているブランドもあるけれど、美の多様性にフィットできるよう、あがいて変わろうとする勇気と努力の姿勢にうれしさを感じています。